アメリカ経営手法と日本武士道

(平成十五年 近畿公認会計士協会会報新年号に寄稿)

日米企業の不祥事が続いている。弊社も世間をお騒がせしてしまった。昨年は企業の粉飾決算やそれに伴う監査法人の監査限界を露呈した事件が続いた。
何時の世も不祥事は絶えないが、最近の企業不祥事の多発は何故なのであろうか。 種々評論はされているが、二つの点に絞ってみたい。一つは「アメリカ経営手法の問題」であり、一つは「武士道精神の消失」である。

経済の国際化に伴いグローバル・スタンダードの導入がこの2~3年日本を席巻した。グローバル・スタンダードとは「アメリカ・スタンダード」と理解する。唯一の超大国と成ったアメリカの論理に追随する事が是であるとの論調が新聞やTVを通じて学者先生が声高に唱えられた。一九八十年代の冷戦終結で、それまでアメリカの経済と技術開発の柱として発展を支えて来た軍需産業が衰退し、これを契機に軍需産業への資源投下を民生利用され果敢にベンチャー事業に挑戦。その中でIT産業が革命的なスピードで誕生し、インターネットを媒介とした今日の新たな情報社会や経営環境を誕生させた。そのフロンテイア精神、戦略、行動力は賞賛に値するし、正に世界が、又、今日の我が国が学ぶべき姿勢であると言える。 しかし、その過程で株主重視の偏重やストック・オプション制により「短期的な業績成果を優先し高値株価が企業価値の全て」との歪みを生み  マネーゲームと揶揄されるアメリカ経営手法に堕落し、今年に入り、エンロン、ワールドコム事件などで破綻に至った事は誠に残念である。 企業価値を判断する核付け会社の代表であるムーデイーズは十九世紀の米国で鉄道会社社債発行に対し、その評価を目的に設立された一私企業であるが、今は世界の企業、国の格付けで絶対的権威の如く市場やマスコミに取り上げられている。同社の核付け変更で歴史ある山一證券が倒産に追い込まれた事は記憶に新しい。日本国の評価引き下げの一因として日本の終身雇用制度を指摘したムーデイーズ者に対しトヨタの奥田会長が異論を唱えられ話題になった。

10月に中部経済同友会や中部経済連合会の欧州視察団に参加し、訪問国の政府や経済団体の幹部と話をする機会を得たので、彼らがこのアメリカ問題をどの様に見ているか聴いてみた。そもそもグローバル・スタンダードなる言葉は日本だけで欧州では使わない。歴史を踏み重ね個人主義が徹底し成熟した欧州では自分の基軸をしっかりと保持し頑固なまでに、それに固執する傾向がある。加え、今でこそアメリカは世界の長かも知れないが、元々は自分達の方が本家であるとの気概も感じる。
その欧州の経営哲学は、株主のみならず企業を取り巻く従業員・組合、社会、環境、国家などに公平な経営の視点を置いている。この欧州の経営理念は従来の日本の商人道が持っていた哲学に通ずる物である。しかし戦後の日本では、アメリカ絶対主義が蔓延し、何でもアメリカ・スタイルが良しとしてそれを無批判に受け入れて居なかったか。元々、強いもの、体勢に極端に流される傾向にある我が国にとり本当の意味で国際化する為に何をすべきであるのか。それは個々人が明確なる行動基準を持つ事では無いだろうか。アメリカン・スタンダードが悪いのでは無く、それを受け入れる前に日本が固有に持っていた機軸に照らして判断しなかった我々側にも大いなる問題があるのでは無いか。

私が「武士道の精神」の復活を期待する所以である。私は決して右翼でも国粋主義者でも無い。どちらかと言えば体制批判の在野精神に憧れ早稲田に進学した。しかし最近の家庭内暴力や苛め問題などを見聞するに付け、戦後アメリカが日本に導入した物質第一主義や権利だけを主張する間違った民主主義の欠陥が根底にある様に思う。
武士とは特権を与えられたその代償として命を掛けて民を守り、又、約束を違える事を潔とせず、いざと成れば腹掻っ切る気概を持った人物とされた。戦前の道徳教育で教えられた「仁義礼智信」の五徳は金銭第一主義で無い東洋人の叡知であったと思う。「仁」は人に対する優しさ,「義」は正しい行動・正義を貫く事、「礼」はその仁と義を具体的行動で示す事、「智」は叡知で中庸の精神であり、この「仁義礼智」を実践して初めて人は「信」信頼される、と言う。「儲ける」と言う字は「信の人」と書く。信頼を勝ち得て初めて儲けられる、との教えである。この素晴らしい人間行動の文化を戦後日本は放棄した結果が今日の社会、経済、政治での不祥事であり「志高き」が軽視された結果であろう。

1980年初頭のロンドン勤務時代にフォークランド戦争が勃発した。当時の英国は最悪の経済状況で街にはパンク族と言われる今の茶髪族の若者が溢れていた。日本は最早英国に学ぶ物は無いと言った時代である。フォークランド諸島は南米アルゼンチン沖の英国領であるが、此処をアルゼンチンが領土と主張して侵略した。これに対し英国民は立ち上がり、チャールズ王子の弟アンドリュー王子を始め、多くの志願兵が地球の裏側まで参戦した。その志願兵の多くがパンク族と卑下された若者であった。
1997年のアジアでの通貨危機に際し、韓国国民は持っている金を自発的に拠出し国家経済の立て直しに一丸と成った。湾岸戦争、昨年の9月11日同時多発テロでの米国も然りである。
国の本当の強さは何であろうか。単純なGNP、経済成長率での判断では決して無い。いざと言う時に我が身を犠牲にしても正義の為、国家の為に立ち上がる気概があるか、では無かろうか。残念ながら我が日本国は世界第二位の経済大国などと煽てられているが、国家の体を成しているか、甚だ疑わしいと言わざるを得ない。

一年半前の名古屋転勤の際に、名古屋は閉鎖的で商売が難しいと言われて赴任した。しかしそれは大きな間違いで、当地ではよそ者が自分達の仲間に入れるだけの信頼出来る人物であるかを慎重に見極めている丈で、それが時に排他的と取られるのであろう。一端、仲間として認知されると当地ほど面倒見の良い街は無いと思う。 質実剛健の風土で無借金のオーナー企業が多い。自分の銭で所帯を張っている厳しさと代々の取引先と社員を大切にする風土に強さの秘訣があると思う。
昭和二十五年頃、トヨタ自動車が創業以来最大の危機を迎える.已む無く社員を解雇する事になるが、最初に職を辞したのは社長の豊田喜一郎氏である。各金融機関が融資を渋る中でトヨタを支えたのは三井銀行であった。50年を経て今日でもトヨタは三井銀行への恩義は忘れない。社員を大切に、取引先を第一に、受けた恩義は人が変われど忘れない。当地には正に日本武士道の精神が脈々と引継がれている。この長く引継がれて来た日本経営哲学が今輝いて見える
企業業績維持を優先して簡単に社員をリストラするアメリカ経営姿勢やこのアメリカ経営手法を模倣して来た昨今の日本企業がこれからの難関を乗越えて行けるであうか。

以 上